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JKSKサロンレポート ~1月~
JKSKでは毎月スピーカーを招き、会員とゲストの交流会を開催しています。
1月の交流会は、木全ミツJKSK理事長が、講師を務めました。

●JKSK会員とゲストの交流会 1月

「ベトナムを語る」

2004年6月に第1回のJKSKサロンを開催し始めて8年余(85回)になるが、専ら裏方に徹してきた木全理事長が、講師として初めての登板となった。
昨年の夏休みをVietnamで過ごした折の体験(仕事で永年Vietnamとのお付きあいがあったけれども、何もベトナムのことを理解していなかったという)を是非、皆さんにも共有していただけたら…というのが,登板の理由。

ベトナム社会主義共和国(人口:8400万人、首都ハノイ:800万人)

(2012年夏~「ベトナム人を、ベトナムの社会、歴史、文化、人々の生活、日本人への思い等について語り合い、ベトナムでしか食しえない本物のベトナム料理を賞味したい。」~ベトナムについて詳細に精通した日本語に堪能なガイドさんと共に・・・という思いで、ガイドさん、運転手さんとも常に食事も共にしながら、1週間余を過ごしてきました。
その間に伺ったお話であるので~言い換えれば、日常の生活の中で巷で語られているお話であるとして聞いていただきたいという前置きの中で)(ガイドさんは、日本語研修で日本に留学後、日本企業で6~7年就業の経験のあるMr.L)そのお話の内容は、

1、「ベトナム戦争は何年からでしたっけ?」という質問に対して・・・「我々は、2000年前から戦禍の歴史の中で生きてきた」という会話から・・・。

戦争の歴史
①2000年前から:中国との戦い
1887年~1945年 フランスの植民地
1945年9月2日 独立宣言(ベトナム民主共和国:ホーチ・ミン)
②1945年1954年 抗仏戦争
③1965年2月7日~1975年4月30日 アメリカ・ベトナム戦争
1965、2,7 アメリカ軍による北爆によってベトナム戦争始まる。
1975、4,30 サイゴン陥落により、親米政権が倒されて終結アメリカ側参戦者:USA 200万人(最高時500万人)、Korea 50000人、Australia 20000人、New Zealand 10000 人、Thailand 5000人、Philippines 400人、Portgal 500人、Spain 40人、Italy 2人、日本 0人(Hondaオートバイ 2000万台提供)戦死者
10~20%。他方、北ベトナム側参戦者:外国人参戦者 0人、ソ連、中国 武器供与
④1976年7月2日 ベトナム」社会主義共和国成立 統一ベトナム実現

2、ベトナム秘史に生きる「新ベトナム人=日本人+」

第二次世界大戦終結後ベトナムに残留し、第一次インドシナ戦争(1945~1954)(抗仏戦争)を戦った外国人の総称(総数600人中500人が日本人)を「新ベトナム人」という。
「新ベトナム人」は、それぞれベトナム名を持ち、ベトナム社会に溶け込んでいた。同胞としてべトミン(ベトナム独立同盟)に協力し、フランスの再侵略を退けるのに尽力。
ベトナム政府は、この新ベトナム人の貢献を高く評価し、表彰している。「べトミンの結成」は、1941年、中国経由で祖国に帰ったホー・チ・ミンの呼びかけで始まる。
そして、1945年8月15日、日本の敗戦を機に一斉蜂起、9月2日、ハノイでホー・チ・ミンが独立宣言を読み上げ、「ベトナム民主共和国成立」「べトミン」は既に民衆の間に広く浸透していたが、軍事力の点では力不足は否めなかった。例えば、竹槍を持つ姿は、その典型。

べトミンは、やがて再来するだろうフランスに対抗すべく、軍事力の増強を懸命に急いだ。それも、最も直截的な方法で~。
即ち「敗戦で虚脱感で苛まされていた日本軍将兵」を自軍に勧誘し始めた。

帰還を拒み、抗仏戦争を支えたある元将校(一例として)

「日本に帰ってアメリカの兵隊の顔をみるのが嫌だった」と。ガダルカナル島、ビルマ、中国・雲南、仏印と戦場を渡り歩いた第二師団に所属。軍で使っていたベトナム人通訳から残留を勧められ、軍刀と着替えだけを携えて軍を離脱(=脱走)し、べトミン軍に参加して抗仏戦争の戦列に加わった。

祖国の敗戦に絶望。敗北し、他国の支配を甘受せざるを得ない祖国。そこへ帰還する望みを断つ一方、それ故に完全独立を目指すべトミンに共感を持ったのだろうといわれている。

他の日本人軍離脱者と組んでべトミン民兵に訓練を施す。そして、日本軍の軽機関銃や小銃を使い、仏印を撃破する実績を上げた。彼ら民兵にとって、自分たちの手で仏印軍を倒したことで得た達成感は強烈だったとのこと。「フランス人をやっつけた人たち」とベトナムでは紹介されるようになっていく。

1946年4月頃、エリート軍学校「クアンガイ陸軍中学校(中級幹部育成)」を創設」(元日本軍将兵30名、ベトナム人学生400人)(教官は全て日本人~教官は将校、助手は下士官)元将校は、その後「軍訓局」に所属、貢献を続けた。

「日本の先生たちは、軍事知識の基礎を教えて下さいました」「私たちは日本人教官のご恩を忘れることはできません」と卒業生は口々にいう。ベトナム政府も第一級戦功労勲章、第二級戦功勲章を授与。ベトナムの人々も今日でも感謝、尊敬している。そして、フランスがインドシナの再支配を断念した1954年、新ベトナム人の日本人は日本に帰国。しかし、今日においても日本国内では、この残留者たちの存在も彼らのこの業績も認知しているとは言えない。

卒業したベトナムの人たちは、その後、抗仏戦争を戦い、続くベトナム戦争では、将官、佐官、連隊長や作戦参謀として第一線に立ち活躍した。(日本は、アメリカのベトナム戦争に参加はしていなかったが、日本人から教育を受けた人たちが活躍)(日本人が教えたものが最前線の知恵となっていた)

3、Ha Long(「龍が降りてきた」の意)ハロン湾

「海の桂林」と呼ばれるベトナムきっての景勝地。幻想的な風景をじっくり味わおうと、「クルーズ船」に乗船することにした。
 *海上生活者 7Villages (500人)、移動するので数は不確定。
 *ベトナム政府としては、町に住宅を用意し、陸上生活をすすめるが、何代(Generations)にもわたり生活をしているので、多くは拒む。しかし、小学校は陸の学校に通う。犬も飼われている。
 *生活費を稼ぐ一つの方法:BoatによるSales クルーズ船が近づくと、ボートを漕ぎながらモノを売りに来る。(パールのアクセサリー、貝殻細工など)

4、中国人や韓国人とは違う(胸を張って語るベトナム人たち)

南北ベトナム人は一つの人種。ベトナム人の意志とは関係のない超大国のイデイオロギーの対立で起こったアメリカのベトナム戦争。
20年にわたる南北の分断、南北のベトナム戦争を余儀なくされたが、「南北朝鮮とは全く異なり、憎しみ合うなどということは全くなく、戦争が終わると互に抱きあって統一を喜び、祝福した。ベトナム民族は一つである。と同時に、過去に戦いがあっても其の相手を憎むことはしない。」
とベトナム人は、胸を張って、誇らしげに話す。

Mr.Lが日本で学び、仕事をした時に、同じく日本に留学してきた中国、韓国の友人たちと会話をはじめると必ず、彼らは、日本人の過去の歴史について恨みつらみをだらだらと話す。ある時は、うんざりして、「お前たちは何なんだ、過去のことばかりに関心を持ち、うらみつらみの話ばかり、少しは、ベトナム人を見習ったらどうだ」とどなってやったんだ。それからは、僕の前では、日本の過去のこと、日本人への恨み等については話さなくなった。

余計な話だけど、アメリカのベトナム戦争で、日本の従軍慰安婦問題ではないけれども、最も、ベトナムの人々を傷つけ、悪いことをしたのはアメリカ兵士たちではなく韓国の兵士たちだった。このことを、韓国の友人たちに言いたい、しかし、ベトナム人の我々は、戦争が終結した今では、誰をも恨んだりしていない。

5、 ベトナム国家大学(ハノイ校)
入学者の70%以上が女子学生。入学試験の成績がいいから当然。生涯を通して、受けた教育を活かして社会で仕事をするのは、常識。さらっと説明するガイドさんの反応が印象的。


1週間余、朝昼晩ベトナムの食事をし、食事時間も惜しみなく、どん欲にガイドさん、運転手さん、ご一緒した多くのベトナムの方々と会話を楽しむ中で「巷で市民の間で語られているベトナムの実態、日本との関係、日本人に対する感情など」について得たこと、感じたことを、15分間の講演であるが、JKSKサロンご出席の皆様と共有させていただけたら・・・」という講師の話であった。

(文責 JKSK事務局) 

 

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2012年10月 【第83回】「フリージャーナリストの舞台裏」津山恵子さん
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2012年7月 【第81回】「Earthling=地球人として生きる」上田壮一さん
2012年6月 【第80回】「耳をすます・心をすます~竪琴ライアーが教えてくれたこと」三野友子さん
2012年5月 【第79回】「人の知恵を使う」中川惇さん
2012年4月 【第78回】「日本の古典芸能が結ぶ日本とアジア」梶田恵臣さん
2012年3月 【第77回】「フィンランド式 リチーミング」川西由美子さん
2012年2月 【第76回】「これからの幼児教育~日本人として、国際人として」中井恵子さん
2012年1月 【第75回】「アジアの経済成長が世界から期待される理由」パク・スックチャさん
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