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 第107回JKSKサロン●JKSK会員とゲスト定例交流・勉強会

久常節子さん
       国際医療福祉大学大学院副大学院長

2015年3月18日(水)19:00~21:00
「CULTURE」(表参道)

本日の講師は久常節子さん。

私は45年間働いてきました。小学生の頃、両親を見て思ったことは、「私は結婚しようがどうしようが、ずっと仕事をするんだ!」ということ。その45年間の仕事人生について、今日は少し話してみたいと思います。

看護の道を選んだのは、これで「仕事」ができそうだ、ということ。しかし看護の勉強をしてみて分かったのは、「血が怖い・・・!」ということでした。ですので、臨床看護は向かないと思いました。学生実習で患者さんに出会い経験を積む中でもっと勉強したくなり、社会福祉を学ぶため大学院へ進学したのです。

これまで保健所、大学、国の研究機関等で働いてきましたが、それらの職場の中で仕事がやりづらくなった時期がありました。それでも仕事をしていかなくてはならないもどかしさ・・・。やめないで仕事を続けるには「逃げる」ことだと思いました。そしてアメリカ・サンフランシスコに渡り、1年間研究生活を送りました。滞在1週間後に行われた、ゲイ・レズビアンパレードでは、そのすっかり組織化された内容に魅せられました。私の専門はコミュニティ・オーガナイゼーションです。その視点から「少数派が隠れて生き延びようとする日本の文化、オープンにして自分の権利を勝ち取ろうとするアメリカの文化・・・方法論が違う!」ということを学んだのです。

文化の違いによる方法論の違いを学ぶ中、日本から一本の電話が厚生省(当時)からあり、保健指導室長の仕事を受けました。徐々に仕事にも慣れ、その後看護課長の仕事に就き、準看護師に関わる問題の解決に取り組み、看護の体制を整えることに注力しました。今後は仕事から「逃げる」という気持ちにはなりませんでしたが、職場から出たら歌を歌って帰る・・・という毎日を送っていました。その後、慶応大学を経て、看護協会の会長に就任しました。

このように45年仕事を続けていると、「仕事だけの人生でいいのだろうか。」という気持ちになってきます。先日、1年前に予約していたピースボートに先日乗ってきました。寄港したガダルカナル島での体験などを通じて、「(船に乗る前は気楽にのんびり疲れをとろうと思っていましたが)私は今、この自分にできることを探したい。」ということでした。

45年にわたって働くことを通じ、そして疲れをとる旅に出られ、新しい思いに出会った久常講師。まだまだこれから様々な分野での活躍が期待される・・・そんなお話でした。

(文責:事務局)

 

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