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 第119回JKSKサロン●JKSK会員とゲスト定例交流・勉強会

「リケジョの生き方」

上條茉莉子さん
        特定非営利活動法人 コペルNPO 代表

2016年5月18日(水)19:00~21:00
「CULTURE」(表参道)

本日の講師は上條茉莉子さん。「リケジョの生き方」をテーマにお話しいただきます。

プロフィールにも書きましたように、杉並区&千代田区九段育ち、チャキチャキとは行かないまでもチャキの江戸っ子です。そそっかしい性格でよくケガしていました。自分のことを話すのはこれが実は2回目、あまり得意ではありません。でも、若い人の参考に少しでもなれば・・・という思いでお話させていただきます。

マルチキャリアとありますが・・・私の時代はリケジョ、理系の女というのは女の魅力のカケラもないと言われていました。私が進んだ学部も女性は4名だけ・・・そんな中で、私がなぜ理系を選んだか。祖母の兄は算数が大好きだったそうです。多少遺伝があったのか、お人形遊びよりも天文学の本が好きでした。思えば、半分遺伝、半分環境によって理系に進んだと思います。

終戦後、私たち家族は東京(都会)ではなく大宮近郊(里山)に移転しました。私の原風景にはその里山があります。中学入学後に出会った担任の理科の先生は、マリー・キュリー博士の孫弟子にあたるとっても素敵な女性の先生。「理科って面白い!面白い!」という感じで、理科が一気に大好きになりました。高校入学後は部活に明け暮れ、大学は迷わず理系に進みました。振り返れば、とても自由に好きなことを勉強できたように思います。これは幸せなことです。結局、一番興味を感じた数学科に進むことになりました。そこで、その頃黎明期にあったコンピューターに出会うのです。

大学卒業後、日本IBMにSEとして入社。最初の仕事はチリ地震の津波の解析でした。「女は徹夜してはいけない。」という頃でしたが、いろんなことを経験しながら楽しく仕事をしていました。しかし入社して2、3年後、「私はこの会社でどんなキャリアが築けるのだろう・・・?」と思うようになりました。そこで会社に休職願を提出し、ボストンのノースイースタン大学で修士課程を1年で取得しました。帰国後、あるプロジェクトを任せて頂き、プロジェクトマネージャーを務めるという経験をさせていただきました。ここでの成功が次のプロジェクトを呼び込みました。お客様からの信頼を得、発言の影響力も徐々に大きくなって行きました。

その間に結婚し子供を授かると、「何とか仕事を続けられるように。」という一心で過ごしてきました。仕事と子育てを両立することは確かに大変でしたが、3人目が3歳の時にこれまでスタッフマネジャーだったのですが、ラインマネージャーへの打診がありました。その時に産休が昇進の妨げになっていることを知ったのです。「これっておかしくない?!制度を変えなければ。」と思いました。社内で意見を言っているうちに、マーケティング部門トップがカナダ人になりました。「なぜこんなに女性マネージャーが少ないんだ?」というトップの声に対応するように、意見を言い続けました。その結果、男女雇用機会均等法に先立ち、育児休業制度や在宅勤務制度(管理職のみ)が生まれたのです。ものの見方が違うトップがやってくるというのは、非常に良いことです。

この体験を社会の中で生かすために、会社を早期退職しました。神奈川県とのつながりが深くなり、男女共同参画推進や技術系の女性のキャリア育成、女性起業家サポートなどを行っています。江の島EX塾については、JKSK女性100名山プロジェクトの中でもご紹介しております(サイトをご覧くださいhttp://www.jksk.jp/j/women100/index.html)。今一番力を入れているのは、NPOマネジメントです。日本ではまだまだNPOの力が認められているとは言い難い状況です。その他若者(~35歳)サポートも。

理系ということは物事をロジカルに考えられるということに、有利に働いたと思います。あれもこれもやりたい・・・でも本当はこういうことなんだ、というように整理して組み立て、本質を考えられる・・・これは理系が得意な思考かもしれません。たいていのことは、トレーニングで克服できます。しかしそれに「好き」が加われば、もっと得意になれます。ビジネスや社会のあらゆることに、ロジカルな思考は生かせます。理系を選ぶのも楽しい!と思っていただきたいです。

(文責:事務局)

 

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