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 第121回JKSKサロン●JKSK会員とゲスト定例交流・勉強会

「偶然の出会いは必然の出会い(GDHD)
-様々な人との出会いが仕事に繋がった40年を振り返って-」

上田真理さん
      財団法人世界こども財団理事
      (株)イースクエア監査役
      NPO健康医療開発機構常任幹事

2016年7月20日(水)19:00~21:00
「CULTURE」(表参道)

本日の講師は上田真理さん。「偶然の出会いは必然の出会い(GDHD)-様々な人との出会いが仕事に繋がった40年を振り返って-」をテーマにお話いただきます。

 

私が慶応大学文学部仏文科を卒業した1971年当時は、大卒の女性が就職をすることが難しかった時代・・・大学の教官の紹介で初めて仕事をしたのが、舞台プロデュースの会社です。その後、またご紹介でベルギーの大使館で働くことになりました。ベルギーは東京都と同じくらいの人口しかない小さな国ですが、言語が3つに分かれている複雑な国なのです。今は人気があるベルギービールも、当時は日本市場にまだ受け入れられませんでした。

ベルギーの石油会社ペトロフィナの駐日代表をしていたのはちょうどバブル真っ只中で、証券会社、銀行が東証に上場するようにと日参していました。

バブルがはじける前の頃・・・ちょうど40歳頃でしたが、大病をしたのをきかっけに仕事を一休みすることになりました。それでも友人や知人が声をかけてくれて、コンサルティングをしたりするなど、仕事を続けることができました。その後、アメリカのガラス会社(ガーディアン社)にいたとき、日本のガラス業界の強力な価格カルテルや、日本らしい建築業界のしきたりのようなものも垣間見ました。そんな仕事をするようになって、妙にガラスがきになるようになり、ビルのガラス窓を見るのが楽しみになっていました。有楽町の国際フォーラムのガラスホールの仕事が最も大きな仕事だったと記憶しています。ガーディアン社は管理職が極端に少ない会社。それと比較すると日本のホワイトカラーの人数は多いですよね。

ガーディアン社が私にとっての最後のフルタイムでの仕事になり、その後は友人と会社を作り、空間デザインの仕事をしていました。その時手がけた銀座のある呉服屋さんの店舗設計は、斬新だ!と当時評価をいただくことができました。2005年から現在のようにNPO法人や財団法人の役員を務めています。

振り返ってみれば、どなたかのお声掛けや縁がつながって、専門性を持たずに仕事を続けることができました。外資系だったからか、女性だったからか・・・親切に教えて頂いたことも多かったように思います。

偶然の出会いと言いますが、重要な出会いは必然。そこで出会わなくても必ずどこかで出会うようになっているのではないでしょうか。人との出会いは大切にしたいものです。

富山県南砺市に「上田のサクラダファミリア」と呼ばれる建物があります。これもまた、ある人のご縁で築100年の古民家を買うことになり、現在建築家を交えて手直しをしているところですが、これがまたなかなか進まず・・・しかし年内には完成しそうです。地域のコミュニティの場になれるようにと思っていますので、いずれJKSKサロンin南砺・・・というのも実現したいと思っています。

(文責:事務局)

 

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