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 第142回JKSKサロン●JKSK会員とゲスト定例交流・勉強会
「異なる価値観を持った人々といかに共存協働してきたか。
~世界の中心から、日本の小さな地方都市まで~」
矢動丸純子さん
(久留米DMO代表、(公財)久留米観光コンベンション国際交流会マーケティング・マネジメント専門員)
2018年9月19日 19:00~21:00

第142回JKSKサロン・スケッチ

本日は矢動丸純子氏(久留米DMO代表、(公財)久留米観光コンベンション国際交流会マーケティング・マネジメント専門員)に「異なる価値観を持った人々といかに共存協働してきたか。~世界の中心から、日本の小さな地方都市まで~」というタイトルでお話いただきました。

 まず、久留米市を紹介すると、人口30万人、福岡県で3番目に大きな都市。主な産業は、製造業、ブリヂストン、ムーンスター、アサヒシューズ。 また、久留米市は人口当たりの医師数は全国トップレベル。とんこつラーメン発祥の地、植木・苗木発祥の地、巨峰開植の地、そして木全さんの生誕の地である。

 都心の大企業でイベント企画の部署に勤務し、数年後、関連会社に移動。1994年、自分の地位向上と産休・育休制度の確認のため、上司に相談したところ、「育休は誰も使ったことがないからわからない」と言われ、「女はいらない」と言われた。そこで、フリーランスとなり、元勤務先の下請けとしてエニックス、資生堂等のイベントを企画、仕事をくれていたのは元同僚だった。その後、角川書店「ワールドウォーカー」の創刊から休刊まで、約2年間広告記事を作成した。

 友人の紹介で彫刻家と出会い、現代美術の世界へ。現代アート団体と美術展の運営業務に携わる。その後、ニューヨークに移住。現地のコンテンポラリーアート団体にてマネジメントや資金調達を学び、展覧会活動を行うのと並行し、不動産会社で営業/投資コンサルタントとしてのキャリアを積む。不動産営業の資格をとり、2年目で年商4ミリオン(約4億円)達成した。2009年、木全さんとニューヨークで出会った。運営委員として活動していたニューヨーク日系人会女性実業家の会(現 ビジネスウーマンの会)で木全さんの講演会を企画、連絡係を担当、同じ中学の同窓生であることが判明した。

 2010年秋に帰国。NPO団体ミュージック・シェアリングで、子ども向けの音楽プログラムの企画運営と外国人アーティストの対応をする。東日本大震災に遭遇し、福岡に戻ることにした。現在は、おもに久留米市の観光マネジメントや街づくりに携わる。2016年と17年に木全さんの講演会を福岡/久留米で開催。ライフワークである男女共同参画と東日本大震災福島支援をテーマにイベントやプロジェクトを進行し、講演や教育施設でセミナー、執筆活動も行っている。福島には年1~2回訪問している。

 久留米DMOについて、DMOとはDestination Management/marketing organizationで、地域ブランドをダイレクトマーケティングしてゆく地域全体での仕組みのこと。地域全体の顧客データベースを中心としたマーケティング活動を継続して行っていき、地域にお金を落とす仕組みをつくること。海外から入ってきた考え方なので、各自治体が模索しながら行っている。

 久留米市 JR田主丸駅舎内のカフェをカパテリアと名付け、スイーツやグッズを販売している。

 地域を自覚してもらい、文化を創っていきたいと思う。

〇質疑応答
以上

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