吉田 穂波(よしだ ほなみ)

国立保健医療科学院 生涯健康研究部 主任研究官

吉田 穂波
  • 国立保健医療科学院 生涯健康研究部 主任研究官(産婦人科医、医学博士、公衆衛生学修士)
  • 1998年 三重大学医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科で研修医時代を過ごす。
  • 2004年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務等を経て、夫と、3歳、1歳、生後1か月の3人の子どもを連れて2008年ハーバード大学公衆衛生大学院入学。2年間の留学生活を送る。留学中に第4子を出産。2010年に大学院修了後、同大学院のリサーチ・フェローとなり、少子化研究に従事
  • 帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児のケアを支援する活動に従事
  • 2012年4月より国立保健医療科学院にて、公共政策の中で母子を守る仕事についている。本職の中心は国内の地方自治体で災害時に母子を守る仕組みを作り、人材育成や研修の場を広げることと、母子保健領域の研究や研修、女性の生涯にわたる健康作りや妊娠・出産を視野に入れたキャリア・デザイン等、多岐にわたる。妊産婦救護トレーニングコースALSOやチーム・ビルディング研修TeamSTEPPS、メディカルコーチング研修のインストラクターも務める
  • 2013年8月に著した『「時間がない!」から、なんでもできる(サンマーク出版)』は子育てしながらキャリアと自己実現を果たした時間管理術や物事の捉え方が評判を呼び、中国語訳(簡体字、繁体字)も含め5万部のベストセラーに。人とコラボレーションしながら成功するための「受援力」に関する講演が評判を呼び、政府有識者会議等で政策提言を行っている
  • 子育て、女性活躍、時間術、グローバル時代の人材育成に関する講演や取材記事、ブログ連載多数。
  • 2013年11月に第5子を出産し、現在4女1男の母

私の原動力はいつも「人」

「産婦人科の医師で、5児の母親で、被災地支援をしながら公共政策の研究をしています」私が笑顔で自己紹介すると、ほぼ100%の方の顔に、「どうして?」「どうやって?」という好奇心が渦巻きます。
今、42歳で、1歳から10歳まで5児の子どもたちを育てながら、仕事に、執筆に、講演に打ち込む日々。
そんな私の基盤にあるのは、多くの人との出会いでした。
親や家族はもちろん、友人、師匠、憧れの人・・・私の原動力は、「人」に尽きます。素晴らしい人との出会いに感動する時、私の頭にはいつも「この方はあの人に紹介してもらったんだ」「あの人との出会いは、この人に勧められて参加したセミナーだった」「そして、その方は、あの方に紹介してもらって・・・」と、出会いの連鎖が思い浮かび、感謝の気持ちが消えることはありません。
私が講演や講義などで、人が前進するための秘訣をお伝えする時、楽しい気持ちで良い出来事が起こるようなヒントをお伝えする時、多くの人から、「そんなに簡単に手の内を見せてしまっていいんですか?貴重なノウハウなのに」「こんなにさらけ出してしまって、いいんですか?」と言われます。が、私にとっては、すべて、人様からいただいたものばかり。私が人様から譲っていただいた、教えていただいたことばかりなので、次の方にパスするのも抵抗がありません。むしろ、私自身を助けてくれた、支えてくれた、そして、鼓舞してくれた人の数を数えたら、きっと新幹線一台分、ジャンボジェット機一機分以上にもなると思うとき、いただいたご恩をどんどん還元していかなければもったいない、と思うのです。

自分が貢献できる範囲が広がると、人は元気づけられます

私の得意分野は、専門職や技術職の、特に医療従事者が生きがいを持って楽しく働き続けるためにはどうすればよいか、という政策研究でした。
「女性医師等のキャリア形成支援に関する取組(男女問わず医師全体の持続可能な環境作り)」(平成24年11月5日文部科学省高等教育局医学教育課資料「医学教育の当面の課題」より)では、必要な支援策として以下の6項目、①医学教育の充実・医学生に対するキャリア教育の実施(男女問わず)②育児支援(特に病児・病後児保育)③柔軟な勤務環境整備・短期間勤務制度等の導入・複数主治医制の導入④復職支援・休業中医師等の再教育及び就業斡旋・女性医師等のネットワーク形成⑤男性医師、社会全体の意識改革・医学界における男性中心社会の是正(男女共同参画意識の徹底)・指導的立場等への女性登用⑥医師の過重労働対策・医師不足の解消・チーム医療の推進、が挙げられています。
一人で出来ることには限りがありますが、私が医学部を卒業してからこの16年間で取り組んできたことは、まさに、これら①~⑥までの異なる課題に対する、四方八方からのアプローチでした。自分自身が今臨床現場で患者さんを見ていないにもかかわらず、女性医師のサポートなんてできるのか、自分はワークライフバランスを追及して9時―5時の勤務で楽をしているのにもかかわらず、現在進行形であえいでいる臨床医の気持ちが分かるのか、と、いつも、自問自答しながら、それでも、私の目標は、自分を実験台にして解決策を探す、ということでした。ハード面の制度設計よりも、「完璧主義は捨てる」「人様の手を借りる」というメンタリティの変革や、夫と手を取り合って「チーム」という意識を持って家庭を作り上げていくためのパートナーシップ、勤務環境や勤務内容に対する周囲の理解と協力を得るためのアサーティブ(日本語で簡単に説明する)なコミュニケーション・スキルのトレーニングで、女性の生き方が驚くほど変わるということを、私は日独英米4つの国で子育てをしながら、働きながら、体験してきました。自分一人の体験だけでは信憑性がないので、疫学・統計学的なスキルも身につけようと思い、ハーバード公衆衛生大学院で公衆衛生修士を取得しましたが、やはり原点は個人の経験であり、私自身が私しか知らないストーリーを語ることが最も価値のあることなのだと分かった今、年間50回以上の講演やセミナーで、その方個人の中にある答えを引き出し、その方の味方を増やし、使える資源を掘り起こすような場作りをしています。
そして、多くの出会いのおかげで、自分が専門職や技術職、医療従事者に限らず、性別を問わず多種多様な方々のお役に立てると分かると、自分自身が大きな勇気を頂くようになりました。貢献出来ることが増えれば増えるほど、自分自身が元気づけられ、励まされるのです。
負けず嫌いで頑張り屋で正義感と責任感が強く弱音を吐かない多くの方々に、ご自身の価値を高め、オリジナリティやユニークさを大事にしていただけるよう願いながら、この場で、いくつかのヒントを紹介させてください。
少しでも、皆さんのお役に立てれば幸いです。

悩み、迷い、模索しながら進む姿がほかの人の励みに

私は1998年に三重大学を卒業後、聖路加国際病院で3年間の初期研修医を終え、名古屋大学大学院で3年間の博士課程、そして、ドイツ留学、イギリス留学、日本での女性総合外来の立ち上げを経て2010年にハーバード公衆衛生大学院に留学しています。この時、第三子が生後一か月、そして、卒業して一か月後には第四子が産まれました。その3年後にもう一人授かり、今は5人の子どもたちが毎日仲良く明るく楽しそうに過ごしています。仕事のストレスも疲れも、子どもたちの笑顔や驚くような斬新な発想に出会うと吹き飛びますし、思い通りにならず想定不可能で非合理的な子どもたちとのやり取りも、仕事のときに活かされます。私にとって仕事と家庭と自分自身とは、行ったり来たりしてストレスが相殺される場なのです。
働きながら子育てをしてきたのは、私が、「子どもの良さ」「赤ちゃんを授かる神秘」と「仕事の楽しさ」とを両方知っていたからです。うまくいかないこと、思い通りにならないことに憤慨し、その義憤を前に進むエネルギーにしてきましたが、その中で最も影響を受けたのは、生身の先輩方からの話でした。私が大いに勇気づけられたのは、目の前の人がどれだけ奮闘し、悩み、手探りで迷いながらも進んできたか、という話で、そうか、完璧に見えるこの人にも、こんな苦労があったのか。人知れず努力されていたのか……生身の経験談に触れるたび、心を突き動かされ、私もきっとできる、やってみよう!そう思いを新たにしながら、試行錯誤の日々を歩んできました。

もやもやした気持ちもエネルギーに変えられる

憤慨、悔しさ、怒り、そして、何とも言えないモヤモヤ、イライラ。これらの感情を丁寧に受け止め、大事な自分の本音だ、と認めると、前向きな気持ちに変えることが出来ます。以前の私の手帳には、いつも、現状への不満とともに、
「あきらめたくない」
「できるまでやりたい」
「出来るのに、それを知らないだけではないかと思うから」
と書いてありました。
子どもを産んでからというもの、職場の勤務体系に関しては悔しい思いをしたことが多多あり、そのたびに「私がもっと偉かったらいいのに!」「鶴の一声で一喝し、言うことを聞かせる権利を持っていたら、どんなに楽か!」と悔しく思っていました。でも、今になって思うと、強引に推し進めて敵を作るより、強硬な姿勢に出られないからこそ自分なりにしなやかな柳のようなスタイルで、相手を尊重し、味方を作り、巻き込んでいくスタイルの方が、長い目で見ると良かったと思います。こどものことを第一に!というのは周りみんなが言うのですが、私だけは、男性にも、女性にも、子どもや仕事や家族を大事にするだけでなく、自分が1番幸せになっていいんだよ、と言ってあげたいと思っています。

前向き質問の驚くべき効果

子育て中の母親だけでなく、家事や育児、介護、闘病をはじめ、そのほか個人の事情によって「抱えているもの」が色々とあると思います。それを「制約」ではなく次のステージに導く階段ととらえれば、人生を切り開く気持ちが湧いてきます。たとえば長時間労働が出来なくなり、自己肯定感が下がってしまう子育て時期には「できない」時に限って、「やりたくなる」気持ちをうまく活かすチャンスです。「あれもできない、これもできない」、ではなく、「あれもやりたい、これもやりたい」と言い換えてみるのです。また、「どうしてうまくいかないのかな」「どうしてダメなのかな」という言葉を「どうしたらうまくいくかな」「どうしたらできるかな」に言い換えてみてはどうでしょう。すると、不思議なことに、脳が前向きな思考回路となってサーチエンジンを駆使して答えを探し始めます。「やりたい気持ち」をうまく生かして前進する燃料にするには、自分で自分に前向き質問を投げかけられるよう、手帳や張り紙やデスクトップや、あらゆるところに常に「前向き質問リスト」を用意して、自分で自分の脳トレーニングをしてみると、不思議なことが起こり始めます。

実際、子どもたちに手がかかっている時のほうが、集中力も意欲も発信力もあります。子どもたちが親離れをし、使える時間が増えたら生産性が上がるかというとそうでもなく、「いつでも出来るから」と安心していつまでたってもやりたいことが終わらない、ということになりがちです。男女ともに「家庭があり、子どもがいて、時間に制限があるからこそ、効率よく仕事をしたい」という人が増えてくることが、本質的に「ワークライフバランスのとれた働き方」を普及させていくカギなのではないかとも思っています。

私は、子どもたちのおかげで、忍耐力や予定不調和への対応や交渉術、そして、新しい世界を学びました。多くの方が家庭も仕事も、お互いに補い合い、相乗効果を発揮するものだということ、そしてそのように感じられるよう、心の余裕を持てるよう、これからも力になれればと思っています。

受援力

世界を見てきた私には、日本には素晴らしい人材資源がたくさんあるのに、勿体無い、という気持ちが常にあります。優秀で聡明で優しくて細やかな日本の方たちが、自分の生き方を肯定出来ないのならば、本当に勿体無い。そして、今後の日本では、夫婦共に働き、夫婦共に家庭を楽しまなければ経済的にも精神的にもやっていけない時代がやって来ます。タイムマネジメントだけでなく、手を抜くヒント、パラダイム・シフト、助けを求めるアサーティブ・コミュニケーションなど、子育て中に必要なスキルを身につけ、ありとあらゆる助けを借りて、一人でも多くの方々が少しでも楽になれば…と、願ってやみません。
今の時代、男性も女性も、古いジェンダー・バイアスに生きづらさを感じている部分があります。社会的通念や文化に対して一人では太刀打ちできませんから、組織、行政の仕組みを変えることももちろん必要ですが、色々な枠を取り払い、制約や限界などマイナスに感じていた要素を、前に進む燃料に変えるため、自分の視点を転換するなど、ソフト面でできることもたくさんあります。
これまでは女性医師として、また母親として、「支援」をする側&受ける側として、自分の生き方、働き方をどのようなものにしたいのか、ずっと試行錯誤してきました。その中で、「受援力」とい能力を身につけ、広めています。
これは「助けを求め、助けを受ける心構えやスキル」として、2010年に内閣府が「ボランティアを地域で受け入れるためのキーワード」としてパンフレットを作成し、2011年3月11日の東日本大震災後に少しずつ広まり始めた言葉です。
「他者に助けを求め、快くサポートを受け止める力」
これは被災された方々だけでなく、私たち日本人全てに必要な力だと感じました。なぜって、「自己責任」の名のもと自分で全てを引き受け続け、助けてと言えずに孤立していく若者や男性を数多く見てきたからです。自分の責任であっても、助けを求めていい。トラブルや事務的な内容でも、相手の立場に立ったひと言を入れるだけで対応が劇的に変わる、というのが、欧米で私が学んだことでした。「ちょっと図々しいんじゃないの・・・?」と最初は思いましたが、海外で留学生となった時、住居トラブル、契約トラブル、子どもの重病、自己破産寸前の経済状況など、とにかく必死で助けを求めなければ自分も家族も生き延びられないという苦境に立たされた時、この「人に助けを求める力」のおかげで多くの人の力を借りて乗り切られたのです。

その後、子育てや児童虐待の問題、そして被災地支援に関わる中で、ますます「助けてと言えない」世代や母親たちの苦悩に気づき、解決思考で何が出来るか、と真剣に考えたのが、拙著『「時間がない」から、なんでもできる!』にも書いた「受援力」(117ページ)のスキルでした。被災地では、子どもを抱え、「助けて」と言えず孤立し流出していく世代がいた半面、子ども率の高い避難所では連帯意識・互助意識が高かったという経験もしました。
また、自分自身も被災地支援のボランティアの仕事を抱え込み、バーンアウトし、その底辺で這い上がろうともがいているときに、「なんであの時、抱え込んでしまったんだろう。こんなに図々しくしぶとく海外でもサバイバルしてきた私なのに。」と考えながら、回復に3か月ほどかかりました。その時に出会ったのが「受援力」の言葉です。自分の失敗経験から、若者や子育て世代にこそ、この力が必要だと思いました。

今後の目標

現在、私がいのちと健康の分野で取り組んでいる課題―孤独な子育て、子どもの虐待、一年で3万人の自殺&100万人以上のうつ患者、全国で61万人の看護師と1万人の女性医師が家庭を守るため専業主婦になっている現状―に対し、一人の母親として、「共助」「互助」という言い方では足りないと感じます。
むしろ、人に頼ることはいいことで、「受援力は一つの能力」なんだ、とポジティブなイメージを持ってもらう方が行動変容を起こせます。
「助けて、ということはむしろ人助け」
「助けて、ということは相手に対する最大の賞賛であり承認であり信頼の証である」
こう思えたら、辛い気持ちを抱えた人も、その周りの人も、どんなに楽になるか。頼られるほうも、人の役に立つことで己肯定感がアップし、生き甲斐を感じることが出来ます。
この「受援力」を身に着けることで防ぎえる人材の損失を、疫学統計スキルの中のDALY(= Disability adjusted Life Years 疾病により失われた寿命+疾病により影響を受けた年数×その障害ウェイト)を分析することできちんと証明する研究も、進めています。
また、「受援力」を発揮することで地域の絆が強まることを、ソーシャル・キャピタル(人間関係が貴重な財産であるという考え方)指数を使って検証しようとしています。
日本人には長所も強みもたくさんあります。縮みゆく日本で一人一人の力を伸ばし、時間を効率的に使うためにはお互いの強みを出し合い、助け合うことが必要です。一人の医師として、公衆衛生専門家として、母として、世界を見てきた経験から、今、このタイミングで「受援力」を知ってもらうことが、一人でも多くの人を救うのではないかと思っています。