玉岡 純(たまおか じゅん)

株式会社Recage(リサージュ)代表取締役
お直し専門店 L’aiguille d’or(レギュイドール)オーナー兼デザイナー

  • 株式会社 資生堂にて6年半の勤務。資生堂退社後、独立。 
  • 渋谷区神南にインポートセレクトショップ「PRAIMARY~プライマリー」OPEN 
  • 取り扱いブランド(HERMES、PRADA、GUCCI、MIUMIU、CHANEL、他日本未入荷ブランド) 
  • 株式会社アールイズムにてコスメショップ店舗プロデュース 
  • 株式会社 エッセンシア(現在業務変更) 取締役。美容サプリメント販売、運営など行う。 
  • 2009年、 E-remuer設立。内面の状態は外見の美しさにも影響してくるもの。外見と内面の両方のケアができたらという思いから、それぞれの個性を活かした持続可能な美・ファッションを提案するスペシャルサポートを開始。流行に流されることなく自分を一番美しく見せるコーディネートを提案する。長年のセレクトショップの経験を活かして、その方が自由に楽しくお洒落を楽しめるようにサポート&アドバイス、「おしゃれブランディング」を行う。 
  • 2012年、 L’aiguille d’orをOPENし現在に至る。 

セレクトショップを始めてからの気づき 

実際に仕事を始めてみると、目まぐるしく変化するトレンドの世界。頻繁にイタリア本国に行くことで、流行の最先端を直接見て聞いて、買い付けてくることができました。しかし、帰国してみると、その最先端のアイテムは業界内では知られていても、一般の方々にはまだ浸透していないこともありました。 

日本では、「雑誌で人気の○○」「〇〇さんが使っているものと同じものが欲しい」という方が多く見受けられました。現地で費用をかけて厳選したアイテムを買い付けても、それを十分な数用意することはできませんでした。さらに、自分がバイヤーだと知られると、メゾン側も売る数を制限をすることもありました。日本で「お金を出せば何でも買える」という常識が、海外では通用しないという現実を痛感しました。 

老舗メゾンの、「本当に文化を理解し、長く大切に使い続けてほしい」という考え方からくる、お世辞を言わない販売方法にもハッとさせられました。似合う人に丁寧にアイテムを合わせていき、特に、「誰かが持っているから欲しい」という理由ではなく、「自分に本当に合うものを選ぶ」という感覚が印象的でした。そして、最先端をどこまで追いかけてもエンドレス。そのトレンドが一般の人々に浸透するまでには必ずタイムラグがあることを感じるようにもなりました。最先端を目指すことは、私の目指すものとは少し違うかもしれない、という感覚が芽生えるようになりました。 

一方、現在は、世界同時発売や即座に情報が共有される仕組みが整っており、タイムラグを感じることはほとんどありません。また、宣伝広告費もほぼかからないという、ありがたい時代になっています。 

品物の提供から心の提供へ 

以前の私は非常に経費がかかる方法でビジネスを運営していました(今振り返れば、経営者としては失敗だった部分も多いです)。ですが、実際に現地の買い付けに行ったからこそ見えたこと、感じたことも多くありました。頻繁にヨーロッパに行くことで審美眼が磨かれ、素晴らしい商品に出会うことができました。 

しかし、自分の感覚が少しずつ、求められるものとずれていくことも感じ始めていました。さらに、当時日本ではブランドの直営店が少しずつ増え始めていたため、このようなセレクトショップの形態ではうまくいかないと感じ、私はセレクトショップはやめることにしました。 

その後すぐに、化粧品のプロデュースの仕事のオファーがありました。これをきっかけに、しばらくの間、店舗プロデュースを中心に、セレクトやインターンシップの教育などを行いました。資生堂時代を思い出させるような化粧品との関わりが再び始まりました。 

また、同時に心のメンテナンスの重要性も感じるようになりました。そこで、心理学や色彩心理学、コーチング、セラピー関連のメソッドなどを学ぶことにしたのです。 

起業してからは、女性だからこそできた部分もありましたが、当時は女性の起業家が少なく、困ることや思いもよらないトラブルに遭遇し辛い体験をすることが何度もありました。それでも、私は自分が選んだ道を後悔することはありません。その時々は本当に辛くて「もうだめだ!」と思うこともありましたが、思い返せば、あの経験があったからこそ今の自分があると感じることもたくさんあります。 

何もかもを簡単に吹っ切って全てがうまくいったわけではなく、何年も悩みながら進むこともよくありました。それでも、今となっては、あの時の体験はすべて必要だったと思っています。 

2009年頃から、企業のサポートではなく、これまで学んだスキルやセンス、経験を活かしたサービスを提供したいと思うようになりました。そこで、個人や企業に向けて、外見の美しさだけでなく、内面の快適さや豊かさを持ちながら、より充実した日々を送るためのセッションやコーディネートサポートを行うようになりました。 

その間、日本文化の素晴らしさを広げたいという気持ちもあり、着物をアレンジした作品を作ったりもしました。なんでも実際にトライしてみるのが、性分なの です。やめてしまったセレクトショップをまた再開しないといけないような気持ちもどこかにありましたが、一方で「私にしかできないことは何だろう?」という疑問が浮かんできます。二つの思いで、仕事はしていたものの、悶々とした日々を過ごしていた時期でもありました。 

店をオープンする前の試行錯誤の時期。着物のコーディネートや着物を使った作品も考案していた。

祖母の死をきっかけに 

こんな試行錯誤をしている中で、2011年に東日本大震災が起こり、私を心から応援してくれていた祖母が亡くなりました。その時、私は気づかされたのです。先延ばしにしていたこと、後からやろうと思っていたこと、いつかやろうと思っていたことは、突然できなくなること。自分の都合だけでは進めないことが起こることがあるのだと。思い知りました。 

実は2009年から「いつかやろう」と思い、少しずつ打ち合わせを始め、職人さんとのやり取りをはじめていました。現在の仕事である「お直し」や「仕立て」です。着物の作品作成などよりも、まずはこの仕事を始めなければならない事なのではないか? と感じました。 

20年ほど前に初めて起業した時にイタリアへ何度も渡り感じたのは、長く使い続けることができる仕事がしたいということでした。当時私はスタイリストに憧れていましたが、洋服を着せることがしたいのか、疑問に思うこともありました。確かに、服を着ることのサポートは大好きでしたが、自分自身が欠かさずしていた、ある行動に気づきました。それは、選んだ服を必ず調整したりお直ししたりしてから着ることでした。ブランドショップをしていた時はもちろん、資生堂に入社したばかりの時には祖母に「ジャケットを直してほしい」とお願いする手紙を書いていました。イタリア人やフランス人が素敵に着こなしているのも、必ず自分に合わせて徹底したバランスを取っているからです。 

素敵な服を持っていても、買った後にクローゼットにしまってしまい着ないのはなぜか? 

その理由は「自分にしっくりこないから」ではないでしょうか。たとえトレンドが変わっても、その服のシルエットやデザインを調整できれば、もっと着る機会が増えて愛用できるのではないかと思います。そして、着る人がより美しく見え、満足感も高まるのではないでしょうか。 

誰もが自分に合った、望むものを手に入れれば、きっとその満足度が違ってくるはずです。それが自分の大好きなものであれば、さらに愛用したり、より好きになったり、大切にしたいと思うのではないでしょうか。 

最前線のコレクションやトレンドみることは、もちろん楽しくて好きですが、すべてを手に入れて味わうことはできません。同時に、自分自身にも経験がありますが、いくらたくさん洋服やバッグ、靴を買っても、しっくりこないものはすぐに飽きてしまい、そのまま放置してしまうこともよくあります。 

これを繰り返すのではなく、例え1つのアイテムでもを丁寧に長く愛用できたら、そしてその1つに満足感を高めることができたら、それこそがエコロジーであり、最近よくいわれるサステナビリティにも繋がるのではないかと思いました。改めて、起業当初にヨーロッパを行き来しながら感じた「大切に愛用すること」を実感しました。このインスピレーションが、私が現在の店を作るきっかけとなったと思っています。そして、欠かせない要素である熟練した職人たちとの出会いにも恵まれ、そのおかげで実際にサービスとして提供できています。 

きれいに見せてくれる服を長く使う 

私がこの会社を始めた当初、使い続けることが素敵だという考え方はまだ広まっていなかったように思います。しかし、14年が経過した今、その意識は世界中で広まり、私はとても嬉しく感じています。今では、自分の心地よさを堂々と大切にできる時代になってきていると思います。この20年間で、時代は大きく変化し、情報や物がどこからでも手に入るようになりました。すべてが速くて簡単になり、人とのコミュニケーションも、実際に会話をしなくても何とでもできるようになりました。 

だからこそ、日々の一つ一つを丁寧に選び、自分にとっての快適さを作ることが楽しみであり、豊かさの一つだと感じています。力を抜いて、自分らしくできることを選び、丁寧に選んで愛用していくことは、少しの気配りで誰でもできることではないかと思います。 

ファッションは華やかで一時的なもののように感じられることもありますが、実際には人々にパッションを与え、元気を与え、着ることによって勇気や自信をくれることもあります。時には身を守ってくれることもあります。食べることを忘れても、着ることを忘れることはありません。やはり、毎日欠かせない重要な要素だと思います。 

現在の様子。ドレスから毛皮、オーダーメイドなど幅広いご依頼を受ける。 

洋服を通じて多くの方と出会い、たくさんの感動的な瞬間を経験することができました。スタイリストになりたいという夢からは何十年も経ちましたが、その情熱は今も生き続け、私なりの形で多くの方々とご縁を結び、着ることへのサポートやスタイリング、心のスタイリストとしても活動できていることに感謝しています。 

次の扉を開けるのはドキドキして怖いですが、実際に行動してみると、次へ繋がるチャンスがあるのは本当です。私も何度も挫けそうになり、「もう無理だ」「もういいや」と諦めかけたことがありましたし、「ここからどうなるの?」と自分で突っ込みたくなるようなこともありました。 

今は大人になった自分ですが、これからも「これをしてみたい!」という気持ちを大切にして、自分に挑戦させてあげようと思っています。振り返ると、失敗したこともたくさんありますが、それについて後悔はありません。むしろ、それらの経験が私のエネルギーに変わったと感じています。 

もし、私の人生の一部が誰かのヒントや参考になれば嬉しいです。そして、一人でも多くの大人が日々を楽しめるようになれば、もっともっと日本が元気になれると思います。