エクベリ 聡子(えくべり さとこ)

株式会社ワンプラネット・カフェ 代表取締役

エクベリ聡子氏
  • 佐賀県出身
  • 2001年 環境コンサルティング会社(株) イースクエアに入社 アルバイトから正社員、取締役
  • 2012年 (株)ワンプラネット・カフェ設立

国際的なネットワークを生かし、廃棄されていたバナナの葉を原料に越前和紙の技術による美しい紙の生産・販売のフェアトレード事業を展開。
他に日本企業のサステナブル経営・事業開発支援、人財育成支援において数多くの実績を持つ。産学官民のネットワーク運営や、環境省環境人材育成コン ソーシアムの企画、東北大学大学院の社会人向け環境修士課程のカリキュラ ム開発、BOPビジネス(現・SDGsビジネス)企画支援など。

【参考資料・URL】
弊社ウェブサイト:https://oneplanetcafe.com
バナナペーパー: https://oneplanetcafe.com/paper/
SDGsターゲット・ファインダー:https://oneplanetcafe.com/sdgs/


日本が変れば、世界が変わる!――世界一周旅行で感じたこと

サステナビリティという分野での今の仕事がライフワークとなったきっかけは、2000年から2001年にかけて行った世界一周の旅でした。環境ジャーナリストとして仕事をしていた夫と、半分旅行、半分環境リサーチを目的とした旅でした。
夫はスウェーデン出身、私は日本ですが、二人とも新しい国や文化への関心も強いため、出発する時は、拠点になりそうな国・場所が見つかったらそこでしばらく暮らそう、という思いで出発しました。

北米からスタートし、南米、欧州、アフリカ、アジアの国々を訪問しましたが、どの国に行っても感じたのは日本の影響力。約20年ほど前の社会は、先進国でさえPCやインターネットがようやく少しずつ個人の生活にも広がり始めた、という程度で、海外の情報などはまだとても限られていました。そんな中でも、ほぼあらゆる国々で、寿司、天ぷら、相撲、日本車、ウォークマンなど、文化、伝統から、工業製品まで幅広く知られ、楽しまれ、利用されている様子を見ることができました。

中でも衝撃的だったのは、ペルーのアマゾンでの出来事。
プロペラ機から、バス、エンジン付きの船、そして手漕ぎ船を乗り継いでやっとたどりついたジャングルの中にある集落。外国人客が来ることは珍しく、船が近いて来るのを遠くから見守っていた子ども達は、小さなデッキに到着した途端、歓声を上げて私たちに近づいてきました。
村にはまだ電気も十分に通っておらず、昔ながらの文明と暮らしぶりが見られる地域でした。
そんな中、大喜びで近づいてきた子どもの一人が来ていたTシャツに目を奪われたのを、今もはっきりと覚えています。その男の子が着ていたのはポケモンのTシャツだったのです。

話しを聞いてみると、その村で電気が使える限られた時間の中で、子ども達が唯一楽しみにしているのがポケモンのテレビ放映で、村の子ども達はみんなポケモンを知っている、とのことでした。そしてさらに驚いたのは、ポケモンの中で主人公たちが見せるお辞儀や目上の人への尊敬などまでを子ども達が見て、真似ていることでした。

この時の経験をはじめ、この世界一周の道中で感じた日本の存在感と可能性が、「日本が変われば、世界が変わる」と信じ、より良い環境と社会づくりのために、日本から変化を作っていきたいと感じるきっかけとなりました。
幸いなことに夫も同じように感じ、旅の後半には、その思いは確信に変わり、「他のどこか」ではなく、日本に戻って環境分野での仕事を極めようと決心しました。

環境コンサルティング会社に勤務

2001年に日本に戻り、東京に移り住み(実家は佐賀ですが、結婚してから世界一周に出るまでは福岡に住んでいました)少し経った頃、株式会社イースクエアという環境コンサルティング会社の職に就くことができました。ここは、環境専門にコンサルを行う日本初の会社で、私が入社した頃はまだ10名弱の小さい規模でしたが、大きな夢とミッションを持つ素晴らしいところでした。設立は、三菱電機アメリカの元会長の木内孝さんと、デンマーク人のピーター D. ピーダーセンさんというビジョナリーで行動力あふれるお二人によるもので、当時は、こちらのNPO法人JKSKの創設者である木全 ミツさんも外部取締役を務めてくださっていました。
その頃はまだ、企業の環境対策と言えばISO14001の環境マネジメントシステムで、それに基づいた取り組みが主流でしたが、私たちが提案したのは企業のDNAの一部となり、事業の競争力を高める、環境戦略、ビジョン、人財育成でした。

私は、夫の出身国で環境先進国であるスウェーデンの事例から、企業の中での環境教育の重要性を特に感じていたこともあり、入社当時から環境人財育成の提案に力を入れていました。
企業を訪問し、役員や社員向けの環境教育の重要性を話しても、「子ども向けの環境教育のことですか」と確認されることもしばしばでしたが、それでも、徐々に大手家電メーカーや通信会社をはじめとする企業からの引き合いが増え、研修や講演だけでなく、全社員向けの環境eラーニングの制作やカリキュラムづくりに関わらせていただきました。

特に自分の中でも大きな成長の機会となり、社会的なインパクトを生み出すことにもつながったプロジェクトは、東北大学大学院の社会人向け修士課程のカリキュラム構築と運営でした。INAX(現LIXIL)社の取締役を経て同大学の教授をされていた石田秀樹先生を中心に行ったプロジェクトで、サステナビリティ(持続可能性。環境・社会・経済のバランスをとりながら持続的に発展すること)について、国内外の70名を超える様々な分野の研究者、企業経営者、起業家、専門家、NPO職員などを講師として招き、多様な視点から問い、論じ、解決策(事業や取り組み)につなげるというものです。社会人対象ということで、企業からの派遣も多く、修了後に事業にもつながるのがこのプロジェクトの醍醐味でした。

その他、環境省の環境人財育成カリキュラムの委託事業や、ICT関連企業数社と経産省で行ったサステナブルな社会におけるICTの役割について議論するコンソーシアムなど、多忙ながらも、やりがい溢れる毎日を過ごしました。

アルバイト、正社員、そして取締役へ

そしてもう一つ、今の私の大切な基盤となっているのが、このイースクエア社での取締役への就任です。アルバイト職として入社し、正社員となり、徐々に大きなプロジェクトを任せてもらえるようになりました。そして入社から約3年後、社内では初となる女性の取締役に就かせていただきました。会社として実績も人も増え、成長を続けていた中で、今振り返れば、まだまだ未熟で力不足な点も多かった私に大切な任務を任せ、会社の顔の一人として立たせていただいた経験は、私の人生の大きな力となっています。
木内孝会長、ピーター D. ピーダーセン社長をはじめ、外部取締役は前述の木全 ミツさん、そして伝説の外資トップとされる新将命さんなど、一流の経営者から、その視座やリーダーとしてのあり方などを直接学ばせていただいた経験は、何事にも変えがたい私の中の大きな財産です。

経営に携わる者としての困難と胸が張り裂けるような経験もありました。
2008年以降、経営体制の変化とリーマンショックの影響で、売上が大きく落ち込み、企業存続の危機に陥りました。数えきれない議論と検討を重ね、なんとか当時の体制を維持しながらの企業再生の道を探りましたが、無念にも人員削減を避けることができませんでした。
私は人事担当役員だったこともあり、ほぼ社員全員の入社面談にも関わり、成長と活躍を見続けていました。これはきれいごとではなく、本当に一人ひとり強みがあり、仕事に熱心に向き合う、優秀な社員ばかりでしたので、社員が原因ではなく、会社としてこのような判断をせざるを得なかったことに、自らの力不足を猛烈に悔いる日々でした。そして同時に、経営者として雇用を確保することの責任の重さを痛感しました。

その後、新しい事業開発などが徐々に功を奏し、会社を畳むといった最悪の事態は免れることができました。この時期に新たに挑戦し、後に事業として一つの大切な柱になったのが途上国における課題解決型ビジネス支援です。
日本には、環境・社会課題の解決につながる技術、商品、サービスを持った企業が数多くあります。一方で、経済的だけでなく、文化的など様々な違いのある途上国に打って出ようとするところは非常に限られていました。しかしちょうどその頃、JICA(国際協力機構)をはじめ様々な組織が、ビジネスの力を活用した途上国の課題解決と開発支援に目を向けはじめていました。そのタイミングが合い、中小企業の技術や商品を活用した課題解決型ビジネス支援のサービスを確立することができました。

アフリカの美しさと貧困問題に直面

さて、会社のことから私自身のことへ話を戻すと、2006年に夏休みを取り訪問したアフリカ・ザンビアでの経験が私の人生を大きく変えました。
ザンビアは「リアルアフリカ」と呼ばれるほど、アフリカならではの大自然と野生動物の世界が広がり、昔ながらの暮らしを続ける部族もいます。人々はすこし恥ずかしがり屋で控えめですが、温かいおもてなしの心と笑顔が素敵な国民です。国には20を超える国立公園があり、ライオン、ヒョウ、カバ、キリンなどが生息する豊かな自然があります。2006年に初めてサウスルアングア国立公園を訪れたときは、そのワイルドライフの美しさに圧倒されました。

画像:アフリカの美しさと貧困問題に直面

一方、この国立公園付近にある農村部に行くと、貧困問題が想像を超える以上に深刻であることを知りました。家に電気や水が通っていないことはもちろんですが、無料で通えるコミュニティスクールにさえ行けない子どもたちが大勢いる状況でした。
そして、その貧困が森林破壊や野生動物の密猟につながっていることを目の当たりにしました。わずかな現金収入を得るため、女性たちは森に出かけ、薪用の木を切ります。この地域は自然保護区のため許可なく木を切るのは違法ですが、他の選択肢は限られているのです。そして男性たちは密猟です。象牙や野生肉を目的としたものですが、こちらもまた違法ですので、警察に捕まれば15年から20年近く刑務所行きとなる場合もあるのです。そうなると、残された家族はさらに貧困の悪循環に陥ります。

そしてこれらは、環境破壊や野生動物の減少といった問題だけでなく、当事者の命にも大きく関わる問題です。木を切ったり、密猟に出たりしている際に、野生の象やライオンなどと遭遇し、命を落としたというニュースを毎年耳にします。
しかし村の人の話を聞けば、皆、口を揃えて「密猟も、木の伐採も、できることならしたくはない。ただ、家族を支えるために他の選択は限られている」と言います。

このような現状を目の当たりにし、心の奥深くが大きく揺さぶられました。それまでも、環境や社会課題について講演などを数多く行っていましたので、決して知らない事実ではなかったのですが、貧困問題と環境問題がこれほどまでに直接に結びついていること、そしてこれが続けば続くほど双方の悪循環を招いてしまうことがはっきりと理解できたのです。「この村で解決策を生み出せなければ、私がこれまで口にしてきたことは単なる空虚」、そんな言葉が心を巡りました。

小さな教育プログラムからバナナペーパー事業へ

そこで、2007年から夫と共に、ボランティアとして、小さな教育プロジェクトを開始しました。教育を十分に受けることができなかった女性を主な対象とし、就職に有利となるパソコンのスキルを身につけてもらうプログラムです。イースクエアでの本業をやりつつ、日本とザンビアという遠隔で行っていたこともあり、ゆっくりとした速度でしたが、村の信頼を得ながら少しずつ拡大していきました。しかし同時に、その経験を通じて、やはり直接雇用を生み出す事業の重要性を感じていました。

そして2011年からスタートしたのがバナナペーパー事業です。これは、通常、村で廃棄されるバナナの茎から採れる繊維を原料とし、日本の越前和紙の工場で作られる美しい紙づくり事業です。人と環境を守る日本初のフェアトレード認証の紙を実現しました。現在、20名のチームメンバーを雇用し、45以上のオーガニックバナナ農家さんと契約しています。
アフリカでは、1人の収入で約10人の暮らしが支えられるとされているため、雇用で約200人が支えられている計算になります。
その他、農家さんとの取引や、村の人たちへの安全な水の提供、クリニックへのソーラーランプの提供などを考慮すると、このバナナペーパーの事業が継続していることによって、合計1000人ほどの人たちの何らかの支えになれているようです。
現在、日本ではこのバナナペーパーを使い、商品開発などを行ってくれている印刷会社や紙製品メーカーが24社あります。また紙生産も、越前和紙工場の他、洋紙メーカー、そして英国の紙工場が協力してくれており、世界15か国で使っていただくようになりました。

画像:小さな教育プログラムからバナナペーパー事業へ

(株)ワンプラネット・カフェ設立、本格的にサステナブル社会構築に取り組む

バナナペーパーを事業として本格的に取り組むため、2012年に株式会社ワンプラネット・カフェを設立し、イースクエアは2015年に退任しました。
ワンプラネット・カフェでは、バナナペーパー事業の他、サステナビリティに関する講演・研修、および視察ツアーの事業を行っています。視察ツアーは、サステナビリティの先進事例や取り組みが進む現場を体験していただくことを目的とし、スウェーデンとザンビアをご案内しています。今年はコロナの影響で現地視察ツアーは見合わせていますが、昨年(‘19年)は14回実施し、参加者は、企業経営者やビジネスパーソンはじめ、教育者、NPO従事者、大学生など多様となっています。
事業を通じて常に意識しているのは、サステナブルな社会づくりに向けて、いかに具体的なアクションを生み出せているか。その点では、近年、視察ツアーの参加後に、自社内で新たなサステナビリティ事業を立ち上げられた例や、訪問先企業と提携し日本でその事業を展開されるケースも生まれており、とても嬉しく思っています。

画像:(株)ワンプラネット・カフェ設立、本格的にサステナブル社会構築に取り組む

2011年から始めたバナナペーパー事業は、はや10年が経とうとしています。「ビジネスをする」ということではなく、「雇用をうみ出すことで、環境と野生動物を守る」という動機でスタートしたため、どちらかといえば採算度外視での環境取り組みや社会活動を行い、経営的な窮地に立つことも何度もありました。それでもここまで来れたのは、逆説的な感じもしますが、サステナビリティというブレない軸があったからだと思っています。この軸を貫いてきたからこそ、多くの方や企業などのパートナーに支えられ、事業を継続し、少しずつですが発展することができています。

SDGs推進にまい進!

そして今、サステナビリティの取り組みにおいて、バナナペーパーをはじめ私たちの事業の重要な指針となっているのが、持続可能な開発目標(SDGs)です。ご存じの方も多いと思いますが、これは2015年に国連で採択された、2030年までの持続可能な社会づくりのための17の目標です。そうは言っても、17の目標が新しく定められたということではなく、これまで国際社会で議論され、推進されてきた課題を一旦同じテーブルにのせ、2030年までにどこまで達成したいかを描いたものです。そのため、今の目標は私たちがまず着手すべき課題とあるべき姿が描かれていて、2030年に実現した暁には、さらに新しい目標が設定され、サステナビリティの旅は続くことになります。
目標1「貧困をなくそう」から始まり、壮大な目標が並びますが、これらの目標にむかって、世界中で様々な取り組みが始まっている、と考えるとワクワクします。

もう一つ、SDGsで特記すべきは、あのカラフルなロゴと分かりやすいスローガンです。これまでの国際協定などにはなかった、魅力的なコミュニケーションとツールは、多くの人々や団体、企業、自治体、国々をつないでいます。このロゴデザイナーであるヤーコブ・トロールベック氏にインタビューさせていただき、SDGsロゴ誕生の秘話を伺っています。日本語字幕つきで動画をアップしていますので、ぜひご覧ください。

ヤーコブ氏インタビュー:https://www.youtube.com/watch?v=13vWLhrlq0M&feature=youtu.be&fbclid=IwAR1vqURtDmU8eZ5TSMHWkk-A3qZjR6eqiTYQbENklf4m3nY9DvqjzsDgwws

ターゲット・ファインダー

ところで、SDGs17目標には、169のターゲットと呼ばれる詳細目標があることをご存じですか。このターゲットを知ることで、SDGsが目指す私たちの2030年の姿をよく理解することができます。また、国際目標と聞くと距離を感じるかもしれませんが、実はとても身近な課題が数多く取り上げられていることが分かります。
昨年、ヤーコブ氏を日本にお招きし、ご講演いただいた際に、「SDGsには、夫婦喧嘩をなくすための目標も取り上げられているって知っていましたか?」と仰いました。これは、ターゲット5・4「無報酬の育児・介護の評価と、家事労働の責任分担の促進」です。

SDGsターゲットをより楽しく、気軽に学べるツールも開発されています。ヤーコブ氏の会社The New Division社が手掛けられた「ターゲット・ファインダー」(英語版)というものですが、今年8月には弊社が共同開発として関わらせていただき、日本語版を発売しました。こちらもぜひお手にとっていただけると光栄です。

新型コロナによって私たちは多くの痛手を負いました。一方で、この苦難を世界中のほぼ全員が経験したことで、SDGsの原則である「誰ひとり取り残さない」という言葉の重みを共有できたのではないかと思います。
SDGsが目指す世界には多くの希望と夢があります。2030年まで、いよいよカウントダウンとなりましたが、この大きなヴィジョンとつながりながら、日々の事業を進めていきたいと思います。

最後に、The New Division社が手掛けたSDGsマニュフェストを、許可を得て日本語訳をつけましたので、ご紹介させていただきます。このような2030年の世界にむけて、皆さんはどんなアクションを起こしていかれるでしょうか。いつかお話しを伺えることを楽しみにしています。

2030年の世界