鞠村 奈緒(まりむら なお)

フェイスエクササイズ マスターインストラクター、音楽体操士インストラクター

鞠村奈緒氏
  • 1977年 宝塚音楽学校に65期生として入学    
  • 1979年 宝塚音楽学校卒業、同年、宝塚歌劇団入団。 「紅はこべ」で初舞台を踏み、星組に配属される。
  • 1995年 17年の在籍で「ベルサイユのばら」、 「うたかたの恋」、「オルフェウスの窓」など計65作品に出演し、宝塚歌劇団を退団。
  • 1997年 結婚後母となり、子育てをしながら宝塚OG3人と共に、童謡・昔話のCD、「お星さまの贈りもの」発表
  • 2005年 川崎市の保育園で音楽表現の非常勤講師として仕事を始める。
  • 2014年 国際技能・技術振興財団 認知症予防音楽ケア体操指導員 認定
  • 2015年 英国 International College of Holistic Medicine 健康運動指導士協会 フェイスエクササイズ マスターインストラクター 認定
  • 2018年 日本介護検定協会 音楽体操士インストラクター 認定

自分ではない何者かになること

私が宝塚を初めて観劇したときの記憶、実はありません。
なぜなら、物心がつかないうちから母に手を引かれるままに観ていたからです。
「私はこの、素敵で、ワクワクする舞台に、いつかきっと立つんだ」
幼心にそう思っていましたが、その夢を明確に意識したのは中学3年生の時。
勿論、両親は「そんなの無理でしょう」と猛反対。それでも夢を諦めたくなかった私は、宝塚受験の、今でいう予備校に通い、クラシックバレエと声楽を始めました。
通いはじめた頃は自動ドアも開かない程身体が細く、バレエの先生から「日陰のもやしみたい。」と言われ、そこから定着した「もやし」というあだ名は今でも健在です。

両親の反対を、努力を見せることで押しきり、中学卒業の時に初受験しましたが、二次試験で不合格。翌年、命を懸けるつもりで挑んだ2度目の試験も不合格。人生が終わったような気持ちになり浮かない日々が続きましたが、力を振り絞り3度目の受験。
「今回もダメかもしれない」
そんな不安を拭えないまま合格発表の日を迎えましたが、結果はなんと合格。
「東の東大、西の宝塚」と言われるほど難関だった、厳しい試験と凄まじい競争率を乗り越え、45人の中の1人として宝塚音楽学校に入学することができました。人生何が起きるかわからないものです。
ちなみに、2019年の倍率は22倍。毎年20倍を越えると言われる倍率は、私の入学時も同じでした。

憧れの宝塚音楽学校に入学できた私でしたが、周りの同級生も、先輩も、厳しい受験を乗り越えてきたタフな生徒ばかり。1年目の予科生の現実は厳しいものでした。
朝7時から1時間半行われる玄関掃除では、伊丹空港から東京に向かう飛行機を眺めながら、「あれに乗れば家に帰れるんだけどなぁ」と泣いた日もありました。
ですが、これは自分で決めた道。そして自分の憧れであり、目標としていた場所。絶対に帰るまい。時には泣きながら、そう決心して日々を過ごしました。

宝塚はすべてが成績順で決まります。トップは常に前に並び、ビリの人の下駄箱は一番下。
それでも、音楽学校の成績がビリだった人が舞台でトップスターになる、そんな世界です。
私は45人中8番目の成績で宝塚音楽学校を卒業し、「紅はこべ」で初舞台。その後星組に配属されました。
元々人より前に出たい、と強く思う性分ではなかったので、みながやりたがる二枚目の男役ではなく、老若男女様々な人間の生き様を舞台で演じました。
「もやし」というあだ名で呼ばれながらも、任せていただいたのは「いないと舞台が進まない役」。日陰のもやしでも、舞台の上ではプロの演者になれる。
宝塚歌劇団は、観る人だけでなく、演じる私たちにも役柄を通して様々なことを想わせてくれる、そんな場所でした。

自分ではない何者かから、自分に戻る

1995年1月17日。あの日のことを今でも鮮明に覚えています。
寮の自室の、作り付けのベッドから自分の身体が浮いたあの瞬間。
阪神淡路大震災が起きた日です。
宝塚市はめちゃくちゃになり、通える場所で独り暮らしをしていた生徒が次々と宝塚歌劇団の寮にやってきて、寮生の人数は倍ほどに膨れ上がりました。
私の部屋には星組の組長と副組長が避難してきて、数日ほど川の字になって寝ていました。その時は「いつまた大きな地震が来てもすぐに避難できるように」と、頭の上にそれぞれの靴を置いて眠りについていました。
このとき、自分が独り暮らしをしていて家が倒壊していたら……そう考えると、今でも鳥肌が立ちます。

その年の夏、体調が思わしくなかった父が3ヶ月ほど寝たきりになりました。
当時、父の容態が急変してもすぐに帰ることが出来ない立場になっていたため、これを期に退団を決意。
45人いた同期は17年が経ち2人になっていて、私は65期生退団順ではブービー賞でした。

今までの経験を活かしながら私にできること

ここで、お読みいただいている皆様に質問です。
小さな頃、童謡をどれくらい聞いたでしょうか?
普段から、音楽が近くにある環境でしたでしょうか?

私が子供の頃は、母や、テレビなどから童謡を聴く機会がたくさんありました。
ですが、近頃は童謡を子供に聴かせていっしょに歌ったり、日本の昔話を読み聞かせする親御さんが少なくなっています。「かさじぞう」や「ねずみの嫁入り」のお話を知らない子供も多いんです。

退団後に結婚し、翌年には娘の優海が産まれ一児の母となりました。
主人は音楽関係の仕事をしており、家には普段から舞台や音楽の話題がありました。
娘には、常日頃から日本の昔話も含めてたくさんの絵本を読み聞かせたり、私の母から教わった童謡や唱歌を教えていっしょに歌い、音楽や物語と密接に関わりながら子育てをしてきました。
しかし、娘が産まれる少し前からゲームやビデオが流行りはじめ、幼稚園やテレビ番組で童謡や唱歌が歌われる機会が減ってきていました。
「子育てにあるはずのもの」。私にとって当たり前だった環境が今や当たり前ではなくなっていることを知り、自分の娘に対してのみならず、こう考えるようになりました。
「季節の歌や、日本人なら誰でも知っている歌を子供たちに聴いてほしい、そしていっしょに歌ってほしい。」「人にとって大切なことはなにか、を教えてくれる昔話をたくさん知ってほしい。」
こういう思いから、日本の四季を歌った童謡・唱歌を子供も聴きやすいようにアレンジして収録したCD、「お星さまの贈りもの」を1、2とリリースし、3枚目の「むかし、むかし」というタイトルのCDには、今ではなかなか読み聞かせされることのないお話も含めた昔話を収録しました。
「むかし、むかし」に収録されている昔話は、ただ朗読しているだけでなく、様々な楽器を使い、お話の場面を連想してもらえるような効果音やBGMをいれています。

「絵本を読み聞かせる」という行動には、読み聞かせてあげる子の想像力を大きく養う効果があります。
たとえば、「赤ずきん」の絵本を読むなら、赤ずきんちゃんの声は弾むような可愛らしい声で、おばあさんの声は少ししわがれた落ち着いた声で、オオカミの声は野太くて少し威圧感のあるような声で。そう、私の17年間やってきたことと同じです。
「役になりきること」
これがとても重要です。
娘に絵本を読み聞かせるときは、いつも必ず登場人物になりきって、台詞の端々に感情を込め、時にはアドリブをいれたりしていました。
こうして読み聞かせをしていたせいか、「むかし、むかし」のCDを娘はとても気に入りました。昔話の読み手は、私を含め4人の宝塚のOG-つまり演じるプロです。それに加えて、情景が浮かぶ音を加えたことで、娘はより物語の世界に没頭するようになり、「今日はあのお話を流して」とせがむようになりました。

娘が小学生になった時には、図書館で借りられる上限、20冊まで本を借りてはすべて読んで期限内に返却するほどの、「ものがたり中毒」になっていました。

娘のこうした成長もあり、当時から現在まで、小さな子供たちに、小さいうちから音楽と物語に触れる経験をさせてあげたいと思い、幼稚園や保育園で「おでかけコンサート」を開いて童謡を歌い昔話を読み聞かせたり、それだけではなく、楽器を使って「表情のある音」を聴いてもらったり、様々なメロディを聴いてもらい、何を連想するか考えてもらうことをしながら、子供たちに「音と物語の楽しさ」を知ってもらう活動をしています。

子供だけではなく……

「先生、どうしてそんなにお肌が綺麗なんですか?」
「私はなんにもしてないのよ、そうねぇ、歌を歌っていることかしら」
私は、宝塚退団後も歌を勉強していました。
その時の恩師は、私より年齢が上であるのに肌がとても綺麗で若々しい方です。つい気になってそんな質問をしたのですが、特別なことはなにもしていない、そう言われ、「歌うことで顔の筋肉を動かしているのが綺麗の秘訣なのでは」と思うようになりました。
私がフェイスエクササイズと出会ったのはこのときです。
インストラクターの資格をとるために勉強するうちに、宝塚で毎日レッスンをし、客席の後ろの方までわかるくらい表情を、そして声色を変え歌ってきたこと、これは、フェイスエクササイズで行うことに似ていると気付きました。

「ただ顔を動かすだけで、効果なんてあるの?」
「ただ顔を動かすだけなのに、効果は絶大です」

日々の会話や日常生活で、表情の動きを意識してオーバーにする機会はなかなかありません。
フェイスエクササイズはこれを意識しながら行うことで、普段使わない顔の筋肉を柔らかくし、肌を活性化させます。
表情筋といわれる顔の筋肉も、他の筋肉と同じで使わなければ衰えていきます。顔の筋肉の多くは口の周りから伸びているので、フェイスエクササイズには「口」の運動がたくさんあります。
「口の運動?どうやってするの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
口の運動は、普段想像する筋肉トレーニングなどとは違い、座ってできますし、器具も使いません。
口の運動を重点的に行うことで普段使わない筋肉を起こし、お世話してあげます。顔の筋肉はお尻やお腹の筋肉より小さく動きやすいので、毎日続けることで必ず効果が出ます。

これは、美容にだけ効果があるものではなく、健康面、そして老化防止にも大きな効果があります。
私が3年半前ほどから月に1度開催しているフェイスエクササイズの講座に来てくださっている方は、「口角がうまくあがらない」という悩みをお持ちだったのですが、今では「自然に笑顔が作れるようになった! 顔全体の筋肉を動かすことで、視界も以前より開けました」と嬉しい効果を実感していただいています。
顔の悩みを、「歳のせいだから……」と諦めてしまっている方を多く見かけますが、私はひとりでもそういう方に「まだまだ変わることができる」ということを実感していただきたく、講座を続けています。

音楽が引き出す感情を求めて

こうして、小さな子から大人まで、それぞれに合った活動をして参りましたが、新しく力をいれていることがあります。
ある日の新聞で広告を見かけ、その時の私の活動を組み合わせられることに興味を惹かれました。新しく資格をとり、今は主に高齢者施設で活動させていただいている、その内容が「音楽体操」です。
音楽体操では、童謡や唱歌を歌いながら身体を動かします。文章でみると簡単そうですが、高齢になると「歌を歌う」「身体を動かす」、この2つのことを同時に行うことが難しくなります。
高齢者施設で音楽体操の指導をしていると、こういう会話をすることがあります。

「では、次は歌を歌いながらチームに分かれて手を叩いてみましょう」
「そんなの、難しいわよ。 できないわ~」
「私も一緒にやりますよ。 綺麗に揃うと気持ちいいですよ~」

私にはできない、こう仰る方が少なくありません。最初は消極的なのですが、違う歌を一緒に歌う同時歌唱や、歌に合わせて手拍子をしたり身体を動かしたり、変化に富んだプログラムを行っていくうちにどんどん積極的に参加してくださるようになり、最近では「もう終わりなの? 早いわねぇ、もっと歌いたいわ。」と嬉しいお言葉を頂くようになりました。
音楽体操はフェイスエクササイズとは違うのですが、口周りの運動も取り入れ、脳と表情筋、どちらにもアプローチできるプログラムを作っています。
表情に乏しい方が朗らかに笑っている様子をみると、「音楽の力の強さ」に今でもしばしば圧倒されます。

私が音楽体操に口周りの運動も取り入れていることには理由があります。
口の周りの筋肉や舌を動かすと、唾液の分泌を促進し口の中の乾燥を防ぐことができます。風邪やインフルエンザの予防、そして筋肉を普段から動かすことによって高齢の方に多い誤嚥性肺炎の予防にもなります。
フェイスエクササイズを取り入れたプログラムには、「人生最後まで表情豊かに、最後まで健康に口から食事をして頂きたい」という気持ちを込めております。

「音楽×体操の新しいカタチ」

音楽体操士の資格をとってから、自分の現役時代や、娘に童謡を歌ったり絵本の読み聞かせをしていた頃の気持ちを思い出すことが増えました。
今は娘も大きいので読み聞かせなどはしませんが、私が10代の頃からやっていた「音楽」は、人の感情を揺さぶり感情を豊かにし、人とのコミュニケーションの橋渡しにもなり、健康面でも大きく助けてくれることを実感する毎日です。

宝塚歌劇団、童謡コンサート、フェイスエクササイズ、音楽体操。
一見関わりがなさそうに見えて、どれも「表情を豊かにする」という共通点があります。
これは、演者・講師の立場の私だけではなく、観てくださっている、受けてくださっている方にも言えることです。
人間は、表情を動かされるような感情の変化がないと日常がつまらなくなる生き物です。私の活動を通して、多くの方に喜びや楽しさ、時には怒りや悲しみといった感情を持っていただいていることをとても嬉しく思います。
「ずっと続けてきた音楽が、感情だけではなく、脳の活性化や健康のためのお手伝いとなっている。」
子供たちの為にと始めた童謡をこのような活動にまで使えることに大きな可能性を感じます。
超高齢化社会と言われる今、「童謡コンサート」「フェイスエクササイズ」「音楽体操」を組み合わせて、より効果的に、日常を感情豊かに過ごしていただけるような活動をこれからもしていきたいと思っています。
私の現在の活動の基盤となっているのは、やはり宝塚歌劇団での経験です。在学・在団中のつらく、苦しいレッスンのあとに私の目の前に広がっていた景色は何にも代えがたいものであり、両親の反対を受けながら2度受験に失敗し、それでも諦めずに宝塚を目指した経験も含めて、宝塚から離れた今でも「感情を動かす」ことを念頭に日々を過ごしています。

悩みをもってフェイスエクササイズに来ていただいた方に効果を実感していただき、笑顔になっていただく。はじめは音楽体操に消極的だった方が次回の開催を楽しみに待ってくださるようになる。

受けてくださる方の感情の変化を見ていると、私も元気をもらいます。
次の講座をより良いものにするために、より満足していただけるものにするために、日々精進して参ります。

これからも、文字通り「老若男女」――小さな子供たちには童謡を歌い絵本の読み聞かせをする童謡コンサートで、私と同年代のお肌に悩みを持つ方にはフェイスエクササイズで、高齢者の方にはフェイスエクササイズも組み込んだ音楽体操を通して――たくさんの方とお会いして、ひとりひとりの方の人生がより豊かになるお手伝いをしていきたいです。