キムラ ナオミ(きむら なおみ)

グラフィックデザイナー、本屋Reading Mug店主

キムラ ナオミ氏

デザインプロダクションに勤めた後、独立。
パートナーとともに広告デザイン事務所「2P Collaboration」を設立。
出産をきっかけに家族をテーマにしたフリーペーパーやリトルプレスを発行。
イギリスで短期滞在を重ね、現地の本屋巡りなどをするように。
オンラインで洋書絵本を扱うチャリティブックショップをオープン。
2021年、子どもたちに多様性を伝える本屋として実店舗を開業


洋書絵本との出会い

岐阜の山間部、周りは川と森に囲まれた過疎地で育ちました。子どもの頃は通っていた小学校の図書館の本を借りて、読んだら翌日に返すという読書しか楽しみがないような毎日でした。
中学生のとき初めて洋書絵本に出会いました。当時、出版されたばかりのJill Barklem「Brambly Hedge(のばらの村)」シリーズです。丁寧に描かれた自然と擬人化された動物たちの村での暮らし。グラシン紙に包まれたハードカバーは美しく、ひと目で虜になってしまいました。中学生のお小遣いでは手が出ない価格でしたが、母に頼み込んで『Spring Story』と『Autumn Story』の2冊を買ってもらいました。このことは私がイラストや絵本、洋書の世界へ飛び込む最初の扉となったのでした。
読書好きになったのは母の影響も大きいです。絵手紙や俳句、書道、旅行など多趣味な母の枕元には常に本があり博識な人でした。しかし、母は中学しかでていません。祖父が「女は学校なんか行かなくても良い」といって、合格していた高校に通わせてもらえなかったそうです。その悲しみようは、80歳を過ぎた今もなお私たち家族に話すほど。女性というだけでこのような理不尽な経験をさせられたという母の過去から、私自身子どもの頃からジェンダーについて意識するようになりました。

グラフィックデザインを学ぶ

英語や翻訳の仕事にも興味はありましたが、イラストやデザインの道を目指しデザイン専門学校へ進学しました。卒業後は名古屋で広告制作をメインとしたプロダクションのグラフィックデザイナーとして仕事に励みました。所属していたプロダクションは、パッケージからポスターまで様々なプロモーションを扱う会社だったので、たくさんの経験を積ませてもらいました。またこの頃は、グラフィックデザインが手作業からコンピュータでアプリケーションを使用してDTP(デスクトップ パブリッシング)制作する形へと変わっていった時代でした。会社を通じて勉強会に参加させてもらうなど、積極的にスキルを習得したことで後々のキャリアでとても役に立ちました。

デザイナー meets 赤ちゃん

独立後はライター・フォトグラファーのパートナーと広告制作をしながら、個人での作品作りにも励んでいました。そんな時、妊娠がわかり未知の経験に戸惑う日々が始まりました。妊娠中はつわりもひどく体調も良くなかったのですが、産まれる前日まで仕事をしていました。自営なのでタイミングを見て休めるのは有り難かったです。
子どもが産まれてみると、赤ちゃんにまつわる出来事ひとつひとつが面白く新鮮に感じました。パートナーも同じように育児を楽しんでいたので、二人で子どもと家族をテーマにミニブックの形で小さなフリーペーパー「collabo」を作り始めました。ワンテーマで取材・撮影・編集・デザイン・印刷までして、カフェや雑貨店、書店などで配布しました。

テーマは
◎猫
◎花と植物
◎子ども
◎おうちごはん 
◎神戸
◎コーヒー
◎イギリスの本屋
など、間を開けながら10年近く発行しました。
当時、取材を受けてくださったアーティストや作家、お店のオーナーとは今でもおつきあいがあります。その後、子ども服の作家のインタビューをメインとしたリトルプレス(小冊子)も発行。そのリトルプレスがきっかけで編集者と知り合い、装丁やブックデザインのオファーをいただくようになりました。

発行したフリーペーパーの一部とリトルプレス
発行したフリーペーパーの一部とリトルプレス

絵本が案内してくれたイギリス旅

以前から装丁やイラストなどデザインの資料として、和洋の絵本や書籍を収集していましたが、二人の子どもの育児の中で、絵本の魅力を再発見できたのは大きな出来事でした。
2009年と2011年には、パートナーに子どもと猫の世話を任せて、イギリスへ一人旅しました。イギリスの景色は、大好きな絵本作家John Burninghamの描く世界そのままで、自然や環境と絵本の物語が密接につながっていることを実感しました。
そして2013年には、小学生の二男と「イギリス親子ホームステイ」へ行きました。航空券やステイ先はすべて自分で手配。子どもがホストマザーと英会話する時間をセッティングしたり、現地に在住する友人たちと会ったり、12日間と短い期間でしたが楽しい旅になりました。二男にとっても印象深い経験になったようで、その後、海外への興味が広がったようです。
今では友人となったホストマザーの女性とは頻繁にコミュニケーションを取っています。彼女を通して見るイギリスの普段の暮らし、それは日本と同じようでありながら、人々の意識が違うと感じることも多いです。例えば政治や環境、チャリティについてなど。イギリスでは当たり前のように話しているのにと、日本での意識の違いを少し残念に思うこともありました。

洋書読書会に参加

この頃、大学のオープンカレッジで茅ヶ崎式英語の講義に通っていたのですが、その講師を務める先生とご友人の3人が主宰する洋書読書会に参加するようになりました。私のオススメ本を課題本に取り上げていただいたこともあります。Kazuo Ishiguro、Gail Honeyman、Matt Haigなど、その時どきで話題になった作品を複数回に分けて読むのですが、内容についてはもちろん、固有名詞の意味と背景などを詳しく調べて共有してくださいます。物語を語る上で、文化、暮らし、アイデンティティなども深掘りするため、多様性に意識を向けている私にはとても勉強になります。普段、友人とは話さないような社会問題、環境問題などの意見を交換することもあり、ここでも本を通じて多様な世界につながるヒントを頂いています。

ロンドンの有名書店DAUNT BOOKS
ロンドンの有名書店DAUNT BOOKS
The Open Bookは店主のセレクトが光る新刊書店
The Open Bookは店主のセレクトが光る新刊書店
The Alligator's Mouthは子どもの本専門店
The Alligator’s Mouthは子どもの本専門店
世界的なNGO Oxfamのチャリティブックショップ
世界的なNGO Oxfamのチャリティブックショップ

本と本屋の可能性

イギリスで独立系書店や、数多くあるチャリティブックショップ(寄付された本を販売して収益を慈善活動に利用する店)などを巡るうちに、本屋という仕事・場所に魅力を感じるようになりました。
イギリスも日本と同じく、ECサイトや電子書籍に圧されて書店が閉店していく時期もあったそうです。でも私が巡ったいくつかの本屋、例えばロンドン市内の独立系書店では地域の作家が出版パーティをやっていたり、大人も子どもも読書会を楽しんでいたり、チャリティブックショップではボランティアが在庫の整理をしたり、小学生が店番をしていたりと、ただ本を買う場所ではなくローカルのコミュニティとして愛される場所になっていました。
電子書籍は魅力的なフォーマットですが、手に取れる書籍にはそれを上回る良さがあると思います。偶然の出会い、いわゆる”ジャケ買い”もそうですし、コンセプトが明確な本のタイトルが並べば、本屋はそれだけで情報発信の場になります。今は多くの子どもたちが本からではなく、ウェブサイトや動画などから情報を得る時代。ただ、それらの情報にアクセスするには大小のリスクを伴い、リテラシーも必要です。育児の過程で感じたのは、その能力を構築するためにはむしろ本を読んで様々な価値観にふれること。そのためにセレクトした本を子どもたちに届けたい、と思うようになりました。

子どもたちに多様性を伝える本屋

デザイナーの仕事の傍ら、10年ほど本屋としてイベント出店などを続けていました。2018年からはオンラインでチャリティブックショップをスタート。イギリスで購入した絵本などの販売がメインですが、寄付していただいた書籍の販売も行い、売上の一部を子ども支援の団体などに寄付しています。
2020年の秋、名古屋市主催で商店街活性化のワークショップが開催されることを知り、商店街にある物件の事業者候補として参加。ワークショップでは、市の職員の方を始め、街づくりに関わる専門家や、大学生、地域住民など様々な人たちと意見交換しました。物件のあるエリアは全国でも屈指のマンモス小学校区。中学、高校、大学もある文教地区です。
「この地域で暮らすたくさんの子どもたち、そしてその保護者世代も一緒に、多様性を学んでいけるような場所を作れないだろうか。自分と異なる考え方・境遇にある人々への共感と思いやりを育めるように。」
そんな想いで本屋Reading Mugを開業することを決意。物件が古く広いので改装にかなりのコストがかかり、クラウドファンディングにも挑戦して資金調達。コロナ禍という逆境ではありましたが、2021年10月に実店舗をオープンしました。

本屋Reading Mugの店内。同じ本でも洋書と翻訳本をならべて販売
本屋Reading Mugの店内。同じ本でも洋書と翻訳本をならべて販売

新しい世界へつながるHUBとしての本屋

開業からの1年を振り返ってみると、多様性を伝える場所としてもそうですが、人と人をつなげるHUBになっていることに気づきました。それは嬉しい発見でした。
本屋に併設されたギャラリーでは、月替りで展示や読書会などのイベントを行っています。フリーペーパー時代にお世話になったアーティストや作家、お店の方にも様々な形で協力していただいています。もちろん新しい出会いにも恵まれて感謝の日々です。イベントに参加してくださったお客様がそれぞれでつながったり、ボランティアや新しい活動を一緒に始めるなど、私自身もたくさん刺激をもらっています。また名古屋市のワークショップから始まったお店として商店街の活性化に寄与するため、ミニ新聞を発行したりマルシェのポスターデザインを担当したり、自分のスキルを活かした活動も継続しています。
このお店に来てくれる子どもたちが、本はもちろん、いろいろな活動を知って多様な未来を築けることが出来たら素敵だなと。そんな風に子どもたちと新しい世界をつなげることを目指して頑張っていきたいです。

Reading Mug(リーディングマグ)のウエブサイトはこちらです。
Website:https://readingmug.stores.jp/
Instagram:@reading_mug