木全 ミツ(きまた みつ)
NPO法人JKSK 元会長
- 福岡県久留米市生、東京大学医学部(公衆衛生)卒
- 労働省海外協力課長、労働大臣官房審議官、
- 国連日本政府代表部公使(New York:外務省出向)
- (株)イオンフォレスト(The Body Shop, Japan) 代表取締役社長(創業社長)
- 他NPO 法人、財団法人・社団法人等の団体役員を
- 多数務めている。
自分の足で立ち生きていける人間に!
私は、9歳の時、誰かに頼って生きる女の哀れさを母の姿にみて、「あんな哀れな女にはなりたくない」、「どんな時代、どんな環境に置かれても、自分の脚で立ち、生きていける人間になりたい」という強い決意をいたしました。
上水道、下水道も整っていない日本の社会の衛生状況の向上に貢献したい、医者に掛かれない人々に関心を持つ生き方をしたいという思いから大学では医学部で公衆衛生を専攻しました。卒業後、労働省に入省し約30年間、官僚としての仕事を全うした後、国連日本政府代表部公使として3年間New Yorkに単身赴任をいたしました。高度経済成長に浮かれていい気になっている日本の、日本人の有り様に国際社会のバッシングをもろに受けながら、しかし、自分らしい日本の国連外交に情熱を傾け、帰国後は、「儲け儲けにはしり、地球環境に、全く配慮してこなかった20世紀の経営の在り方に警鐘を鳴らし、21世紀型経営を提唱して、世界の多くの人々の共感を呼び成長していったイギリス生まれのThe Body Shop事業・活動」のThe Body Shop, Japanの創業社長をお引き受けして、10年間、ビジネスの経営(全国に130店舗展開)はもとより、環境保護、人権擁護、動物愛護の分野で社会変革活動を展開し、日本社会にメッセージを発信するという非常にエキサイティングな体験をすることが出来ました。
高齢社会の今なすべきこと
高齢化社会の波が押し寄せてきている日本の社会を考えた時、60歳を過ぎたら、組織のトップは次世代に譲って行くべきであるという強い信念のもと、キャリアの生活にピリオッドを打ちました。そして、社会全体を冷静に眺め、これから、高齢者は、社会とのかかわりの中で、どのように生きて行ったらいいかを真剣に考えました。私の目に映った日本社会は、そのいびつさ、不健全さにおいて、あらためて愕然とさせられるものがありました。
即ち、この戦後60数年、日本の女性達は教育の機会を存分に与えられ、大学進学率は「世界第3位」と言われるレベルになっているにもかかわらず、国民の税金を湯水のごとく使って受けた教育の成果を、生涯を通して社会にお返しするという国際社会の常識がこの国(男にも女にも)には全く見られない。このことは国際社会136か国の中で105位、つまり、女の子には教育はいらないとする一部の後進国なみと同じであるという現状にあらわれているのです。世界の顰蹙を買っている、にもかかわらず日本国内では、平気で、何の問題意識もなく現状を維持しているこの社会の間違った現状、女性という人財(国家資産である)を活用してこなかった勿体ない歴史にピリオッドを打たねばならないということを、ひしひしと感じました。
JKSKの始まり
同じ問題意識を持つ男女22人の仲間と箱根の山にこもりブレーン・ストーミングを行ないました。そして、お仲間の一人である渋沢雅英氏(渋沢栄一記念財団理事長で栄一氏の曾孫)のお話しに耳を傾けました。「約120年前、日本の男たちは、ちょんまげを切り背広、ネクタイを着用し、欧州諸国を歴訪、「近代国家の仲間入りを・・」と挨拶をして回った。しかし、その時に感じたことは、男がちょんまげを切り、背広を着ても誰も近代国家とは認めてくれない。そうではなく、あの大英帝国の貴婦人達と対等に対峙できる日本女性を育成せずに・・・という思いの中で、帰国後渋沢栄一が中心になり、身銭を切って、当時のリーダー達179名と共に設立したのが「女子教育奨励会」(1886年)であり、その後「日本女性の国際化、社会参画」を理念に、英国の女性教諭たちを招き、100%の英語による教育が開始されたのでした。しかし、その後、日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)に勝利した日本は「男は命を懸けて戦場へ、女は銃後の守りを」を国是とする軍国主義に直入し、渋沢栄一たちが掲げた日本女性の教育方針は否定され「良妻賢母教育一色」の社会に塗り替えられていった。つまり、「女子教育奨励会」は、その後約100年間、その目的を達成されない中で眠ってきました。本来の目的が達成されないことに、栄一は、今でもお墓の下で歯ぎしりをしているでしょう」と。
渋沢雅英氏のこの一言が決定打となり、「21世紀版女子教育奨励会」が誕生しました。(2001,4)そして、NPO法(1998,12)によるNPO法人女子教育奨励会(JKSK=女性の活力を社会の活力に)(Empowering Women Empowering Society)(2002,8)として今日まで、活動を展開してまいりました。
当プロジェクトの母体であるJKSKと筆者とのかかわりを、今日までに展開してきた主な活動とその概要を以下に簡単にご説明いたします。
JKSK の主な活動
*InclusiveLeadership(2002)
アメリカの21世紀における新しいLeadership論としての「InclusiveLeadership」について、その提唱者である米国マサチューセッツ州ボストンの名門リベラルアーツ・パインマナー大学学長ネメロヴィッツ女史を招へいし、共に学びあいました。
*女性の活力を社会の活力にEmpowering Women Empowering Society
経営者も、中間管理職の男性達も、更に管理職になってもいい職歴を持つ女性達も“女性の活力を社会の活力に”という日本語を理解できないという現実に対して「女性の活力を社会の活力に~私の提言コンテスト」を実施し、社会にメッセージを発信しました。(2003,10)
*JKSK会員とゲストの定例交流・勉強会(JKSKサロン)の開催
会員がゲストと共に、月に1回は語り合い、学び合い、ネットワーキングを深めていこうとワイン片手に理事長の手造り料理に舌鼓を打ちながら・・・(2004,6、~2014,6100回)
*JKSK国家戦力研究会
能力が有る無しに関わらず男性にすべてを任せてきた日本社会を反省し、「女性の目線で国家戦略を考えてみませんか、考えていきませんか・・・」という問題意識、呼びかけの中で…第I部国防問題(2004)、第II部日本の政治(2005)
*「女性の活力を組織(企業)の活力に」シンポジウムの開催(2005,2)
*「先進企業トップインタヴュー」(2005~2006)女性の活力を企業の活力に(5社5人)、Diversityの推進(4社4人)、Work & Life Balanceの推進(4社5人)
*「Work & Life Balance研究会」の開催(2006,5~隔月開催23回開催)
*「Diversity推進」シンポジウムの開催(JKSK、GEWEL, CSR Forum共催)(2006,5)
*「Work & Life Balanceシンポジウム~男の働き方を変えよう」開催(2007、10)
*「JKSK拡大Work & Life Balance研究会」の開催(2008,1、~隔月開催23回開催)
*「アジア女子大学(AUW)-JKSK連携プロジェクト」の実施(2009,9~)
第I期(2009,9~2014,5)5か国5人のJKSK奨学生の教育支援
積極的な交流
日本招聘(インターン・研修)
JKSK関係者のChittagong訪問と文化交流、意見交換会
第II期(2014,9~2019,5)
*JKSK-Women Empowerment基金(JKSK-WE基金)の設立(2009,9)
JKSK会員、関係者の「One Coin/Every Day募金運動」をはじめ「JKSK-WE基金活動支援フレンドリー企業」様、企業、団体、個人の方々からの募金により運営
*JKSK東日本大震災復興支援P-女性の活力を最大限活かした日本復興P=JKSK結結プロジェクト発足(2011,5)
東日本大震災復興に高い志を持つ首都圏の10人の女性たちと話し合い、
- これは東北の問題ではなく日本全国の人々が対峙していかねばならない問題であること
- 女性が牽引力になっていこうではないか
- 東京目線ではなく、あくまでも東北の被災地の皆さんが主役であり、我々は白紙で臨もう
- まず、被災地に身を置き、現状の認識と東北の女性リーダー達の話に耳を傾けて話し合い、提案された取組の事業化を
- スピード感と実行力(行動力)を持って
- 持続的、継続的な活動を、復興完成まで
ということをお互いに確認し合い、下記行動を開始しました。
1) 被災地における車座・交流会(1泊2日)の開催
- 第1回宮城県亘理郡亘理町(2011,7)
- 第2回福島県いわき市(2011、12)
- 第3回宮城県石巻市(2012,4)
- 第4回宮城県南三陸町&大崎市(2012,10)
- 第5回宮城県気仙沼市&気仙沼大島(2013,4)
- 第6回宮城県南相馬市(2013,12)
- 第7回宮城県仙台市(2014,5)
2) 東北の女性リーダー達と首都圏などの女性エキスパート達の強いネットワーク化(目標100名、既に、200名達成)
3)車座・交流会等で提案されたプロジェクトの具体的な事業化(目標20、既に、19事業に着手)
*東北のグランマのクリスマスオーナメントP
*被災地における中小企業支援P
*宮城県亘理郡亘理町いちご農家の被災、復興状況についてのメッセージ発信P
*3.11小名浜地区追悼事業~世界が祈るふくしま・いわきで祈る世界のために~オーストラリアアボリジニの女性達等を招待して(2012,3,11)
*「いわきおてんとSUNプロジェクト」
~「いわきオーガニックコットンP」
~「いわきコミュ二ティ電力P」
~「いわき復興スタデイツアーP
*東京新聞とJKSK結結Pのコラボレーションによる連載(毎週金曜日朝刊4面)(2012,7~)“東北復興日記”~コミュ二ティの未来は東北に~復興の今、女性達は・・・・。2013,1より河北新報にも掲載
*JKSKボランテイアBUS運行によるオーガニックコットン栽培プロジェクト支援
- 2013年
- ①ポット苗の定植(2013,5,25)
- ②ポット苗の定植・捕植(2013,6,22)
- ③草取り(2013,8,24)
- ④草取り・収穫(2013,9,28)
- ⑤収穫祭(2013,11,23)
- 2014年
- ①種の直まき(2014,6,1)
- ②草取り、補植(2014,7,12)
- ③草取り、支柱立て(2014,9,13)
- ④収穫祭(2014,11、8)
*被災地におけるメンタルヘルスプロジェクト
- ①「つぼトントンセラピー体験会in気仙沼(2013,11,6~9)
- ②「つぼトントンセラピー講習会inいわき市(2014,4,20~22)
- ③「つぼトントンセラピー体験会inいわき市(2014,4,26~27)
- ④「つぼトントンセラピー体験会・講習会in南三陸(2014,10、18~19)
- ⑤「つぼトントンセラピー講習会in登米市(2014,10,20)
- ⑥「つぼトントンセラピー講習会in釜石市(2014、11、8~9&11,10)
*東北の美しい未来創造塾(2013,11,16~2014、3,1